『私』― それぞれが奏でる一人称
🧤 『私』のはじまり
藤澤のピアノが8分で、ゆっくりと響く。
強く引っ張られる音ではない。
足元をそっと照らすような優しい音色だ。
ステージいっぱいに広がるスクリーンには、海の上に浮かぶ満月。
水面は静かに揺れ、月の光が反射するたび、ステージはゆっくりと呼吸する。
スポットを浴びる藤澤のピアノ。
この呼吸に合わせるかのように、波の合間に響く単音のギター。
若井の奏でる3つの音が沁み渡る。
その申し分のないタイミングで響くスネアドラム。
「私」が始まる。

この時点で、もう帰り道ないやつや…。
ろろんも、わたしの海にとびこむも~ん!
🧤 心地よい呼吸
リズムは、シンプルな8分で刻まれる。
ただ、その内側には、16分音符や、繊細で小さな装飾音が散りばめられている。
リズムの中にも、景色が静かに積み重ねられていく。
ベースは、一音一音を大切に響かせながらドラムと絡み合う。
確かに感じる心地よいグルーヴだ。
この前奏のわずかな時間で、自然と身体は前のめりになる。
高鳴るというより、呼吸がグルーヴに合わせ、整っていく。
ステージには正面に背を向け、月を見つめる大森の姿。
ドラムのフィルが入り、流れは、そっと歌へと手渡される。

前のめりすぎて、おちるとこやったぷち💦
すーはーすーはー ぷちっ。
🧤 軸となるピアノ
空は深く澄んでて 息は白くて
青い光に包まれたまま、大森は、そっと歌い出す。
強く前に出るわけではない。
すーっと流れるように、メロディが澄んだ空気の中に入っていく。
リムショットとバスドラは、歌のアクセントに寄り添っている。
ここでも、歌に溶け込むように優しいドラムが刻まれる。
ベースはメロディに絡みつくように音を運ぶ。
シンプルだが、一音一音が確かで耳を離さない。
藤澤のピアノは、ここでも軸となり一本筋を通すかのように曲を支えている。

すきとおってるもん…。
ピアノの声、ちゃんと聴こえてるもん。
🧤 私の扉
私は昔から涙脆くて~
若井のギターが大森の歌にそっと色を添える。
主旋律をなぞるわけでなく、感情の輪郭だけをそっと浮かび上がらせている。
気づけば、もうこの曲の扉は開かれている。
リズムは、終始シンプルな8分。
一定の歩幅で、刻まれるリズム。
スネアはジャストの位置にあるが、大森の歌がほんのわずかに揺らしていく。
走るわけでも、遅れるわけでもない。
リズムの中に、呼吸が生まれる。
ベースはバスドラと歩調を合わせ、足元を確かめるように、土台を支えている。

元貴まる…それぐっとくるもん。
呼吸の魔法やもん…
🧤 辿る音
二人だけの帰り道~
ステージの照明はそのままに、音の張りだけが、少しだけ前に出る。
藤澤のピアノとベースは4分で刻まれ、曲に張りを与えながら、歩幅を整えていく。
ドラムはスネアの音色をわずかに変化させ、流れを止めることなく、自然にリズムを運んでいる。
小さな音で奏でられる若井のギター。
だが、耳は自然とそのかすかな響きに向かう。
気づけば、耳がその音を辿っている。
🧤 「だ」「け」「ど」
もう届かない 戻れない いつまでも~
ドラムのフィルとメロディが、自然に噛み合っていく。
タムの音は深く、余計な余韻を残さない。
音の手触りが変わったことを、耳が先に気づき、捉えている。
若井のギターのメロディが、はっきりと前に現れてくる。
歌とギター、ここには奏でられる二つの旋律がある。
同時に描かれる景色を心が追いかけてしまう。
藤澤が、絶妙なタイミングで音を差し込む。
音を途切れさせないように、何度も交わる流れがある。
藤澤と若井が、交代しながら旋律を支えている。
今更だけど
一瞬だけ、時間が緩む。
大森と藤澤のあいだに、特別な”間”が生まれる。
藤澤のピアノは、心地いい音運びで多くを語らず歌に寄り添っている。
大森は だけどと、ことばを、切るように置いた。
わずかなブレイク。
ここで、景色が静かに切り替わる。
🧤 余白を描く
あの時、私は貴方の事が好きでした~
バンドの音が一斉に鳴り響く。
藤澤のピアノも、ベースも、歌のアクセントに寄り添うように、その位置を静かに支えている。
ドラムのスネアは、歌となじみ、リズムだけが、淡々と時間を刻んている。
リズムの進行は、終始フラット。
リズムが感情を煽ることなく、歌の表情が浮かび上がる余白を残していく。
もちろん、大森の歌はその余白に思いを描くように表情を乗せる。
2拍・4拍の位置から、わずかに重心を後ろへずらすスネア。
大森の歌の輪郭に寄り添いながらも自由に余白を落とし込んでいる。
曲を深く理解したドラムの判断があるのだと感じる。
とても、美しい音を届けてくれる。
そして、ここでも若井のギターに耳を奪われる。
歌のすぐそばで、もう一つの線を描くような音色。
大森の歌と、若井のギター、おなじ言葉の上を二つのメロディが重なり、違う角度から照らしている。
思わず手に力が入る。

ふたつの 私 がいるん…ぷち…?
装飾は最小限ながら、一音一音が次の音のために。
思いを乗せた美しい音の運びである。
最後のシンバルのサスティーンは伸ばさず、短くミュートされ、次の音に繋げられる。
歌に込められた思いを、主に据えた判断が、ここにも貫かれている。
🧤 感情の温度
貴方が好きでした
藤澤のピアノと、大森の歌だけが残る瞬間。
音の数が減り、言葉の重さだけが、はっきりと前に出る。
ここは、この曲の中でも特に重要な時間だ。
感情を足すためではなく、これから先を受け止めるための、静かな時間が置かれている。
《間奏・・・》
曲の思いを、そのままメロディにのせる若井のギター。
感情の温度が上がっていく。
藤澤のピアノは、そのギターの旋律を引き上げるように幾重にも重なり、音の景色に、広がりを与えていく。
ドラムのスネアも、ここからわずかに音数を増やしながら、この先へ進むため、その呼吸を整えていく。

やばいもーんっ(最高)!
🧤 漂う3人の音
昔見てた景色は どこまでも広くて~
若井のアプローチが、ここで変わる。
視界を遠くへ押し広げるようなギターの旋律に、耳が離せなくなる。
ドラムの3拍目のリムショットが、その流れを受け止め、自然と呼吸がほどけるようだ。
ベースはメロディに絡みながら、静かに後押ししている。
何処かで貴方が鳴らす~
ベースの動きが変わる。
16分を交えたフレーズが入り、リズムに、わずかな緊張が生まれる。
ドラムもバスドラに16分音符を織り交ぜ、スネアドラムはフラムなど、音が散りばめられていく。
でも忘れずに留めておこう
ドラムは歌に寄り添うようにユニゾンする。
ハイハットはハーフオープンで刻まれ、言葉のアクセントを、丁寧になぞる。
音数は増えているが、流れは決して乱れない。
…と思った瞬間
ハイハットの音が切られ、バスドラだけを残すとは。
変わらずに居よう
藤澤と若井、そして大森。
3人の音だけがここに漂う。
これからもずっと~
ここで、バンドの音が静かに力を持つ。
🧤 思いの輪郭
若井のギターが前に立ち、曲の流れを導いていく。
だがその背後で、藤澤のピアノがもう一つの旋律を担っている。
ここでも、ギターの動きに寄り添いながら、もう一本の線が静かに描かれている。
この曲は、二つのメロディが静かに並走しているようにも感じられる。

ここにも…
涼ちゃんまると若井まる…
ふたつの私 …ぷち…?
そのシンプルな配置が、若井のギターのフレーズと噛み合い、音の重心が、自然と前へ運ばれていく。
ベースはギターの旋律に絡みつき、スライド音がその流れを滑らかにつないでいく。
一音ごとに、音の手触りがはっきりと伝わってくるようだ。
大森の声が、流れとともに自然と前に出てくる。
そして、自然と楽曲の思いが輪郭を持ち始める。
若井もまた、思いを語るようにギターを鳴らす。
感情の置きどころとしての音が重なりながら、会場全体を包み込んでいく。
🧤 私の強さ
花はまだ咲けずに 私もまた泣けずに
藤澤のピアノが上昇フレーズを奏でる。
前を向くための高さを、そっと与えているようなとても美しい音だ。
ベースは歌に絡みながら、音の輪郭を磨き上げていく。
全体の響きが、静かに引き締まっていくのを感じる。
終始、この曲の持つ力に圧倒されているが、ここで大森の歌が入った瞬間、身体が反応する。
胸の芯を掴まれたような感覚だ。
貴方へ届かずとも 人はまた恋をする
ドラムのリズムが、この芯の温度に引き寄せられていく。
勢いを増すのではなく、内側の密度が、静かに濃くなっていくように、ドラムの三連フィルが、さらにドラマチックに曲を運んでいく。
あの時、私は貴方の事が好きでした~
藤澤と大森、二人の時間が、再び置かれる。
言葉が急がされることはない。
思いが、静かに流れていく。
これから私は~
大森の歌と、若井のメロディは、ここでも同じことばの上で、別の角度を照らしている。
重なり合いながら、まるで互いを照らしているようにも感じる。
ここにきて三連のキメが入る。
淡々と刻み、思いを乗せ、それでいて飽きさせない演出。
この楽曲の足元を確かめるための一歩でもあると思える。
私は私を生きていく
最後に残るのは、藤澤のピアノ。
語りすぎることなく、この曲は、静かに幕を閉じる。
ステージの演出は、青い光と月の情景は動かないまま、音だけが、静かに前へ進んでいた。
一見すると、淡々と進んでいく楽曲のように聴こえる。
けれど、その内側では、細やかな呼吸と判断が、絶えず重ねられている。
そんな静かな強さを感じる楽曲である。
🧤 最後に
この楽曲で、強く感じたことがある。
それは終始、大森のメロディのそばで、若井と藤澤が、別の旋律を奏で続けているという点だ。
同じ場所に立ちながら、それぞれを支えながら、またそれぞれが異なる方向を見ているようにも感じられた。
主旋律として言葉を奏でる大森。
その同じ言葉の上で、まったく異なる旋律を描く若井と藤澤。
三人は同時に進みながら、誰ひとりとして譲ることなく、それぞれの意思を音として存在させている。
その重なりが、この楽曲に独特の奥行きを与えている。
『私』という一人称で語られるこの楽曲は、ひとりの「私」だけで完結しているわけではない。
揺るぎない大森のメロディとしての「私」があり、それを支えながら、別の角度から同じ「私」を奏でる若井と藤澤がいる。
それぞれが確かな個であり、同時に Mrs. GREEN APPLE という集合体でもある。
三人それぞれの立ち位置が、この一曲の中に、確かに刻まれている。
この曲が、ひとつのフェーズの終わりを感じさせる時期に、タイアップという形で外の世界へ改めて手渡されたことも、印象的だった。
主旋律が前に立ちながらも、若井と藤澤の音が並走し、前へと押し出されていく構造。
そこには、三人それぞれが「私」として立つ次の段階を見据えた意思のようなものが感じられる。
NOAH no HAKOBUNE のステージで披露された『私』。
この楽曲の中で、若井と藤澤の音は、静かな強さを支える重要な存在であり、同時に、個としての『私』を生きる音でもあった。

ミセス~~!!
最高やも~ん!!
旋律やリズム、重なり合う音の在り方から感じ取った、この楽曲の姿として、ここに残しておきたい。
A magical record drawn from a captured moment.
『私』 ― LIVE from “NOAH no HAKOBUNE”
Mrs. GREEN APPLE
🍃 Official site
