これは、ぷろろん(ろろん)とぷちらてす(ぷち)が “すき” を見つめて語りあった、ひとつの記録である。
対話篇 『すき』
[ 第三話 ]Section γ
🌿 Ambivalence
アンビバレンスとは…。
相反する感情が、同時に存在している状態をいう。
欲しいと思う心と、失うことを知っている心。
どちらかを否定できないまま、胸の内に並んでいること。
それは未熟さではなく、感情が複雑さを帯びはじめた証。
にんげん界では《両価性》とも呼ばれる。
アンビバレンスとは…。
相反する感情が、同時に存在している状態をいう。
欲しいと思う心と、失うことを知っている心。
どちらかを否定できないまま、胸の内に並んでいること。
それは未熟さではなく、感情が複雑さを帯びはじめた証。
にんげん界では《両価性》とも呼ばれる。
…すきに、種類…あるんぷち?
…あるもん。
でも、ひとつひとつの『すき』に名前をつけることはできないんよ。
『すき』はことばにするのは難しいもん。
軽い すき。
重い すき。
近づくだけで満たされる すき。
触れたら壊れそうで、距離をとる すき。
どれも、同じ「すき」って呼ばれてるけど、中に入ってる気持ちは、ぜんぜんちがうもん。
それに…。
ことばにした瞬間『すき』が違って見えてしまう。
ほんとはことばになんてできないもん。
だから、その種類はきっと数えられないほどあるし、説明なんてできひんって思うもん。
…すきに名前はないん…ぷち…?
たとえば、ぷちのすきなおせんべい。
さくさくでいい匂いでおいしいときのすき。
そのすきは迷いのない『すき』だもん。
でも…。
もしそこに虫がわいてたら…。
それでも『すき』って言えるもん?
見なかったことにするもん?
「これはおせんべいじゃない」って手を離すもん?
そのとき、ぷちは大好きなおせんべいにどんな名前を付けてあげるもん?
こわいぷち…。
それは、ぷちの『すき』がいま、ただのおいしいすきじゃなくなったからだもん。
もう前のすきと同じじゃない。
そうやって、問い続けていくんだもん。
『すき』は、きれいなものだけを指す言葉じゃないんだもん。
いろんな場面で、姿を変える。
きれいな形のまま、守られている『すき』は、とてもやさしくて、とてもこわれやすい。
でも、汚れているところや、見たくない部分を知っても、手を離さない『すき』もあるもん。
そうやって『すき』は重さを持ちはじめるんだもん。
🍃 『すき』の名前
…すきをもらったらうれしい…ぷち?
うれしいもん。
そりゃうれしいもん。
『すき』はまほうのことばもん。
でも…。
受け取る側はその重さを、胸に抱えることになるもん…。
…重さ…ぷち?
もらった『すき』は風になってこころをあったかく照らすもん。
そして「ありがとう」って優しい風になる。
でも、それだけじゃないもん…。
ありがとうの裏でゆれる影があるんだもん。
うれしさの向こうにそっと現れる影なんだもん。
この『すき』は、いつか終わるかもしれない。
この『すき』は、いずれ変わるかもしれない。
いつかはなくなって消えてしまうかもしれない。
期待されること。
応えられないかもしれないこと。
おなじ強さで返せないかもしれないこと。
拒んでいるんじゃない。
傷つけたいわけでもない。
『すき』は、向ける側だけの勇気じゃない。
受け取る側にも、同じくらいの勇気を求めるんだもん。
その重さを、引き受けられるのか…。
そう感じたとき『すき』は、もう、軽いままではいられなくなる。
「あなた」と「わたし」
ひとりじゃないって絆を知らせる『すき』のまほうは、ひとりの怖さをそっと連れてやってくるんだもん。
…おもいの、だめぷち…?
…だめやないもん。
なにも、まちがってない。
ただ、その『すき』がひかりだけを見てはいられなくなっただけなんだもん。
にんげんはその違いにあとから名前をつけたもん。
それは…。
ぷちが知りたがってた種類…なのかもしれないもん。
…すき の名前ぷち…?
あったかくて、胸が高鳴って、きらきらして…。
にんげんはそんな『すき』に「恋」って名前をつけたもん。
こわさを知らずに、まっすぐ進む すき。
きらきらを頬張って、うれしくて楽しい風をふかせるんよ。
そこには迷いはなくて…。
きらきらがきゅんってこころにトキメキをくれる。
世界が明るく見えてくるんやもん。
恋はすきの芽みたいなもんかもな。
それは、失う怖さをまだ引き受けてないんよ。
終わりを想像してない。
咲いたあとのことは、まだ見えてないんよ。
だから、幼い『すき』なのかもしれん。
でも、それは欠けてるって意味とちゃうで。
知らないから、疑わずに信じられる。
明日は祈るもんやなくて、当然そこにある希望やと思えてしまうってことなんよ。
終わりを数える者は、明日を祈る。
明日が来ることを祈るんよ。
でも、恋の中にいる心は、明日を信じてる。
その違いが、幼さであり、同時に、恋のいちばんの強さなんよ。
それはそれは、素敵なことなんやで。
…恋じゃないのもあるんぷち…?
「恋」ではいられなくなった『すき』のことやな。
それを、にんげんは「愛」って呼ぶんよ。
愛はな…
『すき』が 成熟した姿なんかもしれん。
明日を当然やと思わへん『すき』なんよ。
明日が来ることも奇跡、今在ることも奇跡やってわかってるんよ。
だから…。
どうか明日もって、そっと祈る気持ちを抱えたまま進む『すき』なんよ。
終わるかもしれへんこと。
変わるかもしれへんこと。
それを知ったうえで、それでも手を伸ばそうとする。
それでも、引き受けたいと思えてしまう。
影を見てしまったあとでも、それでも向き合いたいと思う心や。
同じように受け取る側もな…。
影を見せたら、それで手を離されるかもしれへん。
それってこわいよな。
でもな…。
ひとときでも『すき』を届けてくれたこころに「ありがとう」って言える覚悟なんよ。
そんな「ありがとう」で満たされた愛が届けられたら、きっと「ありがとう」って思えるもん。
…愛は「ありがとう」になるぷち…?
「愛」ってな、相手を縛るためのもんやないねん。
自分の影も
相手の影も、
どちらも消さずに、そこに在ると認めることなんよ。
恋が、明日を希望として信じる『幼い』すきやとしたら…。
愛は、明日を祈りながら歩く『成熟した』すきや。
それは、きらきらを失ったんやなくて、きらきらの奥にある影まで、抱えられるようになったってこと。
それは
「あなた」がいてくれるだけでうれしいんよ。
「あなた」の存在に「ありがとう」って言えるんよ。
そして
自分だけのためじゃなく、あなたのためを思う。
それが、『すき』が成熟した、しるしなんよ。
🍃 ぷろろんのひそかな語り
うれしいのに、こわい。
近づいてるのに、離れることを考えてしまう。
信じたいのに、失う予感が消えへん…。
すきって、何層も重なった気持ちやん?
相反する気持ちが、同時に、こころの中に在り続ける。
それがAmbivalence(アンビバレンス) 。
どっちかが嘘で、どっちかが間違い。
そんな単純な話やないで。
どっちも本物で、ぜんぶが同じ『すき』の中に在る。
それだけのことなんよ。
せやから、だれかの『すき』を偽物やとか、正しい・まちがってる、そんなふうに決めることはできへん。
『すき』は、それぞれの時間の中で、恋から、愛へと、少しずつ姿を変えながら成熟していくんやもん。
どんな花を咲かせるかは、きっと、だれにもわからへん。
ただな。
成熟した『すき』は、ひかりだけを選ばへん。
同時に、影だけに沈むこともない。
どっちも在るまま、消さずに、抱えたまま、それでも向き合おうとするからな。
もし誰かの『すき』に違和感を覚えてしまうとしたら、それは、恋のきらきらだけやなく、愛の重さまで見えてしまったからかもしれへん。
それは、正すことも、消すこともできひん違和感なんよ。
でも、見たくないもの、見せたくないものに、心が揺れてしまうこともある。
そうやって、芽生えた『すき』は、ときに、自分や誰かを傷つけてしまいそうになる。
でもそれは、『すき』が悪いんやなくて、まだ行き場を探してる途中なんちゃうかな。
矢を射るか、土に埋めるか。
その選び方は、『すき』がどこまで成熟しているかってことかなってろろんは思ってるんよ。
にんげん界の言葉を借りて、こうやって話してるけど、まるたちだってぎゅっと目を閉じる夜もあるもん。
それでもな…。
ここに『すき』が生きてる、それだけは、たしかなんやと思う。
まるたちは、たとえ今日がどんな日であっても、今日という日にまるをつける。
ひかりも、かげも、どっちも抱えたまま、「今日はここまで」ってな。
完璧やなくてもええ。
迷いが残っててもええ。
それでも、この一日を、ええ日やったってことにできたなら…。
『すき』は、また次の季節へ進めるやろ?
だから…。
「今日はこれで、ええ日やったってことにしよ」って、らららを歌う。
GOOD DAY ってな…。
「いい日やった」って決める言葉やなくて、「ええ日やったことにしよ」って、自分に言う言葉なんよ。
それは、なまえのない『すき』やけど、だれも傷つかないすてきな『すき』の響きやと思うもん。
毎日のらららの中に、『すき』はちゃんと生きてるもん。
近づいてるのに、離れることを考えてしまう。
信じたいのに、失う予感が消えへん…。
すきって、何層も重なった気持ちやん?
相反する気持ちが、同時に、こころの中に在り続ける。
それがAmbivalence(アンビバレンス) 。
どっちかが嘘で、どっちかが間違い。
そんな単純な話やないで。
どっちも本物で、ぜんぶが同じ『すき』の中に在る。
それだけのことなんよ。
せやから、だれかの『すき』を偽物やとか、正しい・まちがってる、そんなふうに決めることはできへん。
『すき』は、それぞれの時間の中で、恋から、愛へと、少しずつ姿を変えながら成熟していくんやもん。
どんな花を咲かせるかは、きっと、だれにもわからへん。
ただな。
成熟した『すき』は、ひかりだけを選ばへん。
同時に、影だけに沈むこともない。
どっちも在るまま、消さずに、抱えたまま、それでも向き合おうとするからな。
もし誰かの『すき』に違和感を覚えてしまうとしたら、それは、恋のきらきらだけやなく、愛の重さまで見えてしまったからかもしれへん。
それは、正すことも、消すこともできひん違和感なんよ。
でも、見たくないもの、見せたくないものに、心が揺れてしまうこともある。
そうやって、芽生えた『すき』は、ときに、自分や誰かを傷つけてしまいそうになる。
でもそれは、『すき』が悪いんやなくて、まだ行き場を探してる途中なんちゃうかな。
矢を射るか、土に埋めるか。
その選び方は、『すき』がどこまで成熟しているかってことかなってろろんは思ってるんよ。
にんげん界の言葉を借りて、こうやって話してるけど、まるたちだってぎゅっと目を閉じる夜もあるもん。
それでもな…。
ここに『すき』が生きてる、それだけは、たしかなんやと思う。
まるたちは、たとえ今日がどんな日であっても、今日という日にまるをつける。
ひかりも、かげも、どっちも抱えたまま、「今日はここまで」ってな。
完璧やなくてもええ。
迷いが残っててもええ。
それでも、この一日を、ええ日やったってことにできたなら…。
『すき』は、また次の季節へ進めるやろ?
だから…。
「今日はこれで、ええ日やったってことにしよ」って、らららを歌う。
GOOD DAY ってな…。
「いい日やった」って決める言葉やなくて、「ええ日やったことにしよ」って、自分に言う言葉なんよ。
それは、なまえのない『すき』やけど、だれも傷つかないすてきな『すき』の響きやと思うもん。
毎日のらららの中に、『すき』はちゃんと生きてるもん。
🍃 ぷろろんとぷちらてす
…ぷちの『すき』は生きてるぷち。
ちゃんと葉っぱぷるぷるしてるぷち。
ちゃんと葉っぱぷるぷるしてるぷち。
考えすぎたら絡まるもん。
どっちもあっていいんだもん。
きっとこころが教えてくれるもん。
…でもぷち、おせんべいに虫がわくのはいややぷち。
だから瓶に入れて大事に食べるぷち。
だから瓶に入れて大事に食べるぷち。
それがいいもんっ!
おせんべい湿気らんように蓋しとく方がいいもん。
…そのまえに、食べるぷち🍘。
食べるんかいっ!🤣
…じゃあ、今日はここまでぷち?
そうだもん。
きょうもちゃんとここに、「まる」置いていくもん。
きょうにありがとうぷち。
ぷちの『すき』うたうんやぷち。
…らららら🎶 ぷち🌱
ぷちの『すき』うたうんやぷち。
…らららら🎶 ぷち🌱
…らららら🎶 だもん🍃
🍃 Session γ から δ へ
この洞窟は魔法録の大地の底にひそんでる。
まるたちの対話は、大事な呼吸。
魔法のき。と何かがどこかで響き合うように。
いつかすべてが眠りにつくそのときまで、まるたちの対話は続いていく。
まるたちの対話は、大事な呼吸。
魔法のき。と何かがどこかで響き合うように。
いつかすべてが眠りにつくそのときまで、まるたちの対話は続いていく。
次回:対話篇 『すき』 第四話 ― Section δ
…すきって、けっきょく、なんなんぷち…?
To be continued…
