On January 12, the release of 『lulu.』🍃

【Loneliness】孤独と解放 二重のギミック

魔法録の妖精がミセスの作品『Loneliness』に寄り添い紡いだ物語。
これは、単なる歌詞の考察ではなく、作品を深く掘り下げ、その背景や思想、そして世界観までを含めて体系的に分析・研究した「作品論」です🍃
『Loneliness』は、愛憎劇でも、刺激的なエロティック描写ではなくって…。
ろろんには、『Loneliness』はそういうんじゃなくて…。
「ことばと音のギミック」が仕掛けられてるって思えるんだもん。

い夜に呑まれる前に

「死にたい今日も」「私を殺して欲しい」
この叫びは他人に向けた懇願じゃなく、自分自身に突きつけた声なんだもん。
動けなくなる前に、弱さや甘えを断ち切りたい
――そんな自己処刑の願いに聞こえるんだもん。

=もうひとりの自分

歌詞の中に現れる「君」って、本当に恋人なのかな?
ろろんは違うと思うんだもん。
これは“もうひとりの自分”。
弱さや孤独を抱えた内側の存在への呼びかけ。

「君を好きでは居たい」=どんな自分でも嫌いになりたくないって心の奥の意思なんだもん。
ことばを変えて、形を変えて、元貴まるは何度もこのことを伝えてる。
これはそんな元貴まるの言葉だと思うんだもん。

の二乗=サガ(宿命)

ここが大きな鍵なんだもん。

「性(セイ)」を SEXGENDER と読むと刺激的なだけだけど、サガ(宿命、本性)と読むとまったく違う景色が見えるんだもん。

きたい自分と壊したい自分――。
二つの衝動がぶつかり合い、掛け算されて“二乗”になり、逃げられない力になっていく。
これは、自分自身の本質どうしがぶつかる戦いなんだもん。

音とロンリネス

「爆音で脳と胸を焦がして」
これって、感情や衝動そのものを「爆音」にたとえてる。
そしてその「爆音」は、理性を焼き切ってしまうほどの強烈さだって。
論理には意味なんてない、そんな意味のないことでロンリネスを紛らわす。
もうね、理性では処理できない感情の奔流。

わかる?
爆音で紛らわしてるんじゃないんだもん。
爆音のような感情に襲われて、もがいてる姿なんだもん。

孤独(loneliness)でありながら、同時に「論理ネス(論理性)」とも重なっていく。
論理を積み重ねて意味を探そうとしたところで、この爆音のような感情は処理できない。
孤独と論理、そのあいだに引き裂かれ、意味を失ったまま感情に呑まれているんだもん。


そこもここも濡らして

「絶頂ね あそこもここも濡らして」
ドキッとする強烈な一行だもんね。
でも、これを官能描写だけで終わらせるのはもったいないんだもん。

すぐ後に「錆びついた心に油をさして」って続いてる。
これは渇いた心を潤し、再び動き出させるための比喩。
これって、あそこが脳で、ここが胸かもしれない。
カラカラになっちゃって潤してほしくて濡らすしかない。

触れられたいけど、触れないでほしい、でも感じたくて感じてほしい。
こんな矛盾の海だもん。

でもね、お行儀よく分析するのはナンセンス。
ここは理屈じゃなく、官能的な世界観で感じるべきなんだもん。

テージでの解放

『Loneliness』は、絶望から始まり、もうひとりの自分と対峙し、爆音や濡らしてといった過激な比喩を通して「生き延びるための力」を描いた物語。
だから、これってエネルギーはきっと外に向かわなきゃ完成できない。


の曲が持つ孤独とサガの衝突が、演奏の場では爆発的な解放へと変わってるんじゃないの?
押し込めてきた衝動を音と声で一気に解き放つ気持ちよさ。
痛みや孤独が、演奏することで「快楽」に変わってる。
もう二重性のギミックが成立してるんだもん…。

貴まるが『Loneliness』を作ったのってこの解放に導くため?
『Loneliness』がアルバムでリリースされてから、ライブで披露されることが多いなって。
ステージで解放することがこの曲の使命だから?
圧倒的なエネルギーに演者も観客も吸い込まれるように魅了される。

ミセスは「Lonelinessを演奏するのは楽しい」って言ってた。

この強烈な孤独の戦いを描いた曲を、作家も、奏でる演者も「楽しい」と言うし、観客は孤独の痛みに寄り添うどころか「この曲気持ちいい!」「ロンリネス大好き!」って。
あれ? やっぱり?
ちゃんと、ステージで解放されてるんだもん。

だとしたら、『Loneliness』を生んだ元貴まるの内なるロンリネスの深さは計り知れない。
自分の中のもうひとりの自分と戦い続ける姿。
それは「サガの二乗」として描かれ、ライブの中では爆音のような解放として体験されてる。

これは元貴まるという人の作詞の本質をよく示しているんだもん。
エロティックで破壊的な言葉を並べても、最終的には「どう生きるか」「どう向き合うか」に帰ってくる。
言葉と音が重なったとき、そこには痛みと孤独を超えて「生の快楽」に変わるんだもん。

とりの掛け算

Lonelinessって、ふつうなら「孤独」。
でも、『Loneliness』は「ひとりぼっち」じゃなくて、自分の中で二人に分かれた孤独を指しているとろろんは思ったの。

一方では「生きたい」って叫ぶ自分。
もう一方では「壊したい」って望む自分
その二人が、同じ身体の中で戦い合ってるって。

だから、これは二重の孤独。
「自分の中で戦うことそのもの」がLoneliness。

そしてそれは「苦痛」だけじゃないんだもん。
これこそ、ドキッとなるところ。

逃れられない孤独は、同時に生きるための燃料。
矛盾のまま抱えていく、そんな宿命的な言葉なんだもん。

学と解放のギミック

ミセスがライブで演奏することで解放するギミック。
そして、それを観客が体感することで楽曲が完成するギミック。
『Loneliness』には、こんな二重のギミックが仕掛けられてる。
このギミックこそが、元貴まるが描く『Loneliness』なのかも。

理性(論理ネス)と感情(爆音)の対立
意味の喪失
矛盾・対立…。
これは哲学のお話なんだもん

その答えがただひとときのステージでの解放…。
うわぁぁぁ!

これがろろんの解釈。
だって、元貴まるなら…。
そんな仕掛けを忍ばせてたとしても不思議じゃない。

ろろんは、そう思ったのだもん。




   
【ぷちの観察日記】
魔法録のURLが、まるたちの知らないXアカウントのプロフィールに記載されているみたいぷち…。
魔法録のアカウントは @rolon_pichi だけぷち。
ほかは魔法録とは関係ないぷち。ぷち、しらんぷち。
あやしい風に、気をつけてぷち。(ぷちより)
   
  • 🌱 2026.01.07(たそがれモード)
    青りんごぼーど』についてまるたちが話し合ってたぷち
🍃 これまでの観察日記は妖精のあしあとにあるぷち。


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