絶景が描かれた物語
🧙♀️ エネルギーの始まり
スネアの静かな音から、じわじわと音圧が増し緊張感に包まれた空気が走る。
若井のギターがフレーズを刻み、藤澤のリズムが絡む。
ベースはしっかりと支えながらも、音の中へ自然と溶け込むよう。
空間を切り裂くようなキメのアクセントと、バスドラムのダブルが鳴り響き、一気にはじまりのエネルギーが駆け巡る。
そして、大森が歌に入る直前、藤澤の音が、ふっと空気を切り替えるように響く。
ほんのわずかな「時」が止まったかのような感覚に包まれる。
遠慮のない壮大な物語が幕を開ける気配に期待が高まっていく。

突然、空気が変わったもん。
🧙♀️「時間」と「魂」の交差
摩訶不思議だ
大森の歌声が、静かな高揚感とともに放たれる。
そのメロディは、四分で刻まれるアクセントを飛び越えて、自由とも不安定ともとれるような舞いを歌っている。
計算されつくした音のパズルは、まるで“時の流れから少しだけ浮いている”ような感覚だ。
ベースは、四分でしっかりリズムを引っ張るドラムを感じながら、メロディに寄り添い、動きを止めることなく曲を支えている。
何の邪魔もせず、絡み合いながら交差する音は、「時間」と「魂」がすれ違い、並び立つような感覚を映し出しているかのようだ。

浮いてる感じ…ろろんの中でもなかなか降りてこんくて……
でも、確かにそこにあったもん。
🧙♀️ メロディの変化とリズムの進化
感じたい思いは
その一節をきっかけに、メロディは静かに形を変えていく。
美しく流れる旋律の裏では、リズムが少しずつ変化し、次第に8分音符の刻みに。
ベースはより細かく、動きを止めることなく音を織り重ね、メロディと複雑に絡み合いながら、物語が静かに、そして確かに展開していく。
音のすべてが止まらず、留まらず、変化しながらも、交わり、すれ違い、また寄り添う。
なんて繊細でドラマチックな感情を表現しているのだろう。
小さな音が動くたびに、感情がすこしずつ波紋のように広がっていく。

動いてるのに、止まってる気がする。
すれ違ってるのに、ずっとそばにいる。
音って、ふしぎやな。
🧙♀️ 螺旋、絡み合う音の遺伝子
愛してるとごめんねの差って
このラインから、楽曲はさらに深い構築へと踏み込む。
バスドラムは安定した四分で軸を保ちつつ、ライドシンバルのカップを裏打ちしてスピード感を生みだしている。。
ベースはメロディの合間を縫うようにフレーズを滑り込ませ、旋律に絡み合っていく。
その音の交差は、まるでDNAの二重螺旋のようだ。
寄り添いながらも別々に動き、時にすれ違い、時に重なって昇っていく。
この音の螺旋が曲全体のテンションをじわじわと押し上げていくのがわかる。

ろろんな…うっかりからまって…
ほどけんくなって焦った💦
🧙♀️ フレーズの立体感
奉仕だ こうしたいとかより
またミセスの新しいフレーバーが立ちのぼっている。
バスドラムは四分でリズムをキープし、ベースはメロディとユニゾン。
そこに、大森のボーカルが独特の“跳ね”を歌い、輪郭を描いていく
ラテン風のリズムが加わり、三連フレーズがアクセントとなって混ざり合う。
音のエネルギーが少しずつ調合されていくようだ。
そして藤澤が、流れるような美しいフレーズをピンポイントで差し込み、立体感が生まれている。

音が跳ねるたびに、景色が立ち上がる気がしてな。
まるで耳の奥に、色が咲いたもん。
🧙♀️ 絡み合う音の頂点
馬鹿に言わせりゃ
その時を焦らしながら頂点へと向かっていく。
それぞれの楽器が、自分の“役割”を果たしながらも、全体の調和の中で完璧に機能している。
若井のギターが一瞬一瞬をシンプルなフレーズで刻み、スネアが四分で頭打ちリズムを入れる。
藤澤が全体の音を包み込み、ベースは重厚な低音の土台となり…。
そこで若井が裏のリズムでカッティングを決める。
そして、大森のボーカルがすべての音のエネルギーを引き連れて、曲のクライマックスへと導いていく。
🧙♀️ 頂はまだ先に
愛してると大好きの差って
リズムがラテン風に変化していく。
絶妙に訪れる変化は、大森の描く物語には不可欠な一瞬だ。
不思議と、身体が自然とリズムを刻み出してしまう。
また呑んだ言葉が芽を出して──リズムは四分へと戻る。
揺らいだ感情が、少しずつ着地していくようだ。
しかしまだ先があることに気づかされる。
物語は終幕に向かっているようで、まだ続いている。
次の頁をめくるための深呼吸のようなひとときを与えてくれる。
🧙♀️ 深層は異次元へ
めくれば次の章
ここで再びベースが炸裂する。
大森の歌声と絡み合うベースの音色はまるでもうひとつのメロディが存在しているかのような感覚である。
咲き乱れた音の奥に広がる深層は異世界への入り口を思わせる。
そしてそこは、きっと美しい世界に違いない。
この先の美しい景色を待ち望んでしまう。

……ろろん、なんか、見てしまった気がしたもん。
🧙♀️ たどり着いた絶景
エンディング
藤澤の音色が、絶妙なタイミングで差し込まれる。
その瞬間、この曲の世界が静かに、でも鮮やかに立ち上がる。
ドラムのフィルも完璧に決まり、このカッコよさに鳥肌が立つ。
若井は渇いたギターを刻み、ベースはのびやかに空間を満たしていく。
それぞれの音が、最後の風景を丁寧に描き出していく。
この展開がなくても、曲は成り立つ。
ここまでの構成で十分だともいえる。
ただその先の景色を具現化しなければ意味がない。
職人の逸品と呼べる楽曲であるために。
だからこそ、辿り着いたこの場所には、言葉にならないほどの多幸感があふれている。
🧙♀️ 魔法の旋律「クスシキ」
音で描く物語、その極致。
音から映像が浮かんでくる、そんな感覚を残す楽曲だった。
「クスシキ」は音楽がただの音の連なりではなく、物語そのものとして響いてくる。
ベースの存在感は際立ちながらも、楽曲全体に自然に溶け込み、聴き手の心を掴んでいる。
次々と変わるリズムの変化も、同じようで同じでないAメロも、細かな感情と不思議な時間を彷徨っているような物語を感じさせる。
大森が音の絵筆をとり描かれた奇しき作品である。
🧙♀️ スローモーションの中毒性
目まぐるしく展開する構成の中で、不思議とスローモーションを感じる瞬間があった。
それは、随所に意図的に差し込まれた 0.何秒というブレイクのせいだ。
巧みに練られたわずかな空間が、音の発するメッセージの強さと中毒性を際立たせている。
🧙♀️ 作曲者の貪欲な美学
最後にあえてもう一つの風景が用意されたことで、この楽曲は次元を超えた世界を見せた。
頭の中で描けたとしても、それを音としてどこまで具現化できるだろうか。
これを形にした大森元貴の音楽はどこまでも美学である。
曲が終わると、また再生ボタンを押している。
もう一度見たい、もっと深く見たいと思える景色があるのだ。
それは、この曲が「音」ではなく、「鮮明に描かれた摩訶不思議な物語」だからだ。
🧙♀️ 響きの向こうに約束がある
残るのは「ユイユイユイユイ…」と繰り返される意外性のある響き。
穏やかな旋律は終幕の合図ではなく、また会えるという約束を伝える音に思えてならない。
「クスシキ」という楽曲は音の中に映像を秘めている。
実際に創られた映像を作品を見たとき、音で見えた景色とどう重なり合うだろう。
ミュージックビデオが見せる「クスシキ」の世界との答え合わせが楽しみだ。

あの“ユイユイ…”は、バイバイやなかった。
“また来いよ”って、言われた気がしたんや。

ぷち、きこえたぷち。
ことばのない「またね」ぷち……🌙
A magical record drawn from a captured moment.
『クスシキ』 ― Stream Version
Mrs. GREEN APPLE
🍃 Official site

